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五月人形とアルバムと

今日は狭山実家に叔母の様子伺いの日。かねてより約束してた五月人形の飾り付けしてきました。
父が他界してから、いや、それ以前から、もう何年も出していなかった五月人形です。
「ああ〜、そういえばこんなだったねぇ」
僕が生まれた年から買い始めて(祖母に買ってもらったらしい)、親戚からお祝いでいただいたり、さらには弟の誕生でさらに買い足したり、と、全部出してみたら結構な数の人形や飾りがありましたよ。イチバン旧い飾りは、もうかれこれ半世紀前のモノ。随所に痛んだ箇所はありますが、いやぁ、それなりに壮観であります。
で、過去の飾り付けの写真が残ってるんじゃないのかな?ってことになりまして、父の部屋からふる〜いアルバムを探し出してきてパラパラと。ああ、僕の生まれてから小学校までの写真アルバム、同じように弟のアルバムが出てきました。さらには両親の新婚旅行の写真のアルバムとか。それをみんなで観ましてね、ああ、写真っていいなぁ、と。
考えたらもう10年くらい、写真がデジタルになっちゃってからこっち、実は写真のプリントしていないんですよね。だからもちろんアルバムもない。デジタルデータではもちろんちゃんと残してあるけど、こうしてみんなでお茶飲んだりしながらほのぼのとページをめくる、という感じではないですよね、デジタルだと。第一、そのための機材がないと観られないしね。
「ああ、こんな風に、やっぱり手に取れる形にして残して置いた方がいいなぁ、写真は」
と、つくづく思いましたねぇ。
実は今年から、僕はデジタルでのスケジュール管理をやめちゃいまして、昔のように手書きの手帳に戻しちゃいました。昨年の震災以来、なんかね、電気に依存しなくちゃならない記録、っていうものに疑念というか、まぁそんなものを感じちゃってるんですね。確かに仕事では全部デジタルなんだけど、そっちはまぁしょうがないとして、でも、身の回りについては「大丈夫なのか?」とか「コレでいいのか?」って、よく思うようになってきてます。今回のことも、そんな中にあって考えさせられた出来事なのでした。
なので、少しずつ、思い出たちを、手に取れる形にしていく作業をしていこうと思ったのでありました。
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